Social Care Design

「私たちは常に“ひと”を観て、そして明日をカタチにします」

BLOG

2016.11.15

小さきものの立場に立って


昨今、国内の景気低迷とそれによる市場環境の変化や、超高齢化社会の到来を見据え、デザインの分野でも医療・福祉・介護・子育てといった領域への関心が高まり続けている。それまでのデザイン組織が触れてこなかった分野を知るにあたり、現場の生の声を知ることの重要さが身に染みて感じられるようになってきた。

デザインコンサルティングのトリニティが、「ソーシャルケア・デザイン」を立ち上げたのは、そうした背景を受けてのものだ。
現在、医療・福祉・介護・子育ての現場には若く有能な、次世代のリーダーが次々と誕生している。
彼らは最新のIT機器を使いこなし、ソーシャルメディアによる交流と情報の発散に余年がない。
従来の福祉の現場のイメージを180度覆し、払拭してくれる、彼らを私達は”複数の専門領域を有する人材”であるとして、「π型(パイ型)モニター」と呼んでいる。

彼らは持ち前の若い感性でコミュニケーション能力にも長け、デザイン領域の人たちとの親和性も高い。
こうして発足した「ソーシャルケア・デザイン」で、既に幾つものデザインプロジェクトが行われた。

クライアントと私達、π型モニターとの混成チームを構築し、新しい福祉機器のアイデアを出し合ったり、ときには施設や、在宅介護の方のお宅に直接お邪魔して現場を一緒に見ることもある。

そこで私達が見落としていそうな視点を、π型モニターはそっと指摘してくれる。

例えば、ある介護者のお宅に訪問したときのこと。
私たちのインタビューに対して、日常の家族のサポートに感謝する旨をおっしゃられているのを、好感をもって聞き入っていたときに
「毎日、世話を焼いてくれるお嫁さんの前では、良い事しか言いませんよ」とπ型モニターの一人が耳打ちしてくれたことが印象に残った。私たちは知らず知らずのうちに、テレビCMに見られるような、ニコニコしたおじいちゃん、おばあちゃんという「理想の高齢者像」に当てはめて実在の高齢者を見てしまっていたのかもしれない。

通常、こういったプロジェクトに先立っては、π型モニターには彼らのプロフィールと、福祉の現場あるいは子育ての現場で体験したことの「リアル」を報告してもらうケースが多いのだが、これが大変興味深い。
ときには耳を覆いたくなるようなシビアな現実、を突きつけられることもある。

たとえばたいていの介護士が一度は経験するという、屎尿にまみれた認知症のお宅を訪問するときは、靴下をその都度使い捨てにする~などと言った話は、先程のテレビCMのような「作られた」イメージとは全く似つかないし、おそらくは現場経験者の口からでなければ封印されて世に出て来ることのないエピソードだろう。

だが、それでこその「リアル」。
現場に寄り添うことがソーシャルケア・デザインに於いては重要だと、常々感じている。

去る7月、ソーシャルケア・デザインに参画してくれている「こどもみらい探求社」による、”こども視点アイデアソン”が開催された。

このアイデアソンでも、前半は同社代表の小竹めぐみ氏・小笠原舞氏の両名による子育て現場の気づきのインプットだった。トークだけでもアイデアソン参加者のマインドが、子育ての現場に寄り添うものになる。
このインプット・ワークの一貫として、参加者に紙製の”メガネ”が配布された。
これは、自動車メーカーのホンダのWebサイトで無償配布されている「Child Vision」というものだ。

このメガネをかけると著しく視野が奪われるのだが、この視野こそがこども視点。
ちいさいうちは視野もまだせまく、それゆえに予期せぬ危険に遭遇することもあることを私達に気づかせてくれる、ちょっとしたツールだ。

そんな体験をするだけでも、時に十分な気づきを与えてくれるものだ。
果たして私達は大人になり、広い視野を持ったはずだが、本当にそう言えるのか。
むしろ見せかけの広い視野とは裏腹に、想像力を失っていはいないか。

自分よりもちいさな誰かの立場に寄り添う、共感力が必要だ。
昨今、デザインシンキングに求められていることもまた然り。
想像力の欠如が、バリアのある世界を作り出してはいまいか。

ちいさきものの立場に寄り添って、それを知ること。
誰もが安心して暮らせる世界をつくりあげること。

そんな理想をデザインで実現したいと思い、ソーシャルケア・デザイン活動を推進している。

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